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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)787号 判決

控訴人 株式会社拓銀

被控訴人 国

代理人 東松文雄 深沢晃

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金六八万一五〇〇円及びこれに対する昭和五二年六月七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

1  控訴人の主張

競売法第三二条第二項によつて不動産競売に準用される民事訴訟法第六八八条第五項には、「再競売ヲ為ストキハ前ノ競落人ハ(中略)競買ノ保証ノ為メ預ケタル金銭(中略)ノ返還ヲ求ムルコトヲ得ス」とあり、これを文言通り解すれば、再競売をしなかつたときは保証金の返還を請求できることとなる。民事訴訟法は、代金支払義務を履行しない競落人に対し、執行法上の制裁として、保証金を返還せず、右保証金を配当の基礎たる売却代金に組入れることとしているが(同法第六九四条第二項第四号)、この趣旨から、同法第六八八条第五項は、実際に再競売期日を開いて、新競落人が定まつたとき、保証金の返還を求めえないことを定めたものと解釈するのが妥当である(執行法に関する諸問題三一六頁)。また、右保証金を返還しないのが執行法上の制裁であるならば、その返還の可否は、競落人に対する制裁の要否にかかつてくるというべきである。本件では、再競売期日の約一か月前に、競落人たる控訴人の責に帰することのできない事由によつて本件建物が滅失し、右再競売期日が取消されたのであるから、控訴人に対して執行法上の制裁を科するのは相当でない。

2  被控訴人の答弁

控訴人の右主張は争う。

理由

一  控訴人主張の土地、建物任意競売事件につき、昭和五一年一〇月二二日に実施された競売期日において、控訴人が本件建物の最高価競買人となり、同日横浜地方裁判所に競買保証金として金六八万一五〇〇円を納付したこと、同裁判所は、同月二九日競落期日を開いて競落許可決定をし、控訴人に対して代金支払期日を同年一二月二日と指定したが、控訴人が右期日に代金支払義務を履行しなかつたので、再競売命令を発し、再競売期日を昭和五二年一月一四日と指定したこと、本件建物が滅失したこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。そして、弁論の全趣旨によれば、本件建物は、再競売命令後から再競売期日までの間に、何者かにより取毀されて滅失したものであることが認められる。その後、右裁判所が、本件建物が滅失したため、右再競売期日の指定を取消し、同年五月一七日、前記競買保証金を売却代金として、その配当を実施したことは、当事者間に争いがない。

二  控訴人は、以上の事実関係に基づき、民事訴訟法第六八八条第五項の解釈上、控訴人に対して右競買保証金を返還するべきである旨主張するので、この点について判断する。

競売法第三〇条、第三二条等により準用される民事訴訟法強制執行編の不動産競売手続のうち、競買人の提供する保証金に関しては、昭和一三年法律第一九号による改正の前までは、利害関係人からの申立があつた場合に限り競買申出人に保証金を提供させることとしていたのを、右改正により、利害関係人からの申立の有無にかかわらず、競買申出人は常に保証金を提供しなければならない旨改められ(同法第六六四条)、また、昭和一六年法律第五七号による改正により、前の競落人が競落代金を支払わないため「再競売ヲ為ストキ」は、前の競落人は提供した保証金の返還を求めることができず(同法第六八八条第五項後段)、右保証金を配当にあてるべき売却代金に加える(同法第六九四条第二項第四号)旨の各規定が追加された。右各改正の趣旨は、競買の真意のない者の競買申出を抑制するとともに、一旦競買の申出をして競落許可決定を受けた競落人に対しては、その代金の支払を間接的に強制し、それによつて、再競売多発による種々の弊害を防止しようとすることにあつたのである。右改正の経過及び趣旨にかんがみるときは、競買申出人の提供した保証金は違約金若しくは違約手付金的性格を有し、したがつて、競落許可決定を受けた競落人が代金支払期日までに競落代金の支払義務を履行しないため、「再競売ヲ為ストキ」は、執行法上の制裁として、右保証金の返還を許さず、これを再競売の手続費用に充当するとともに、配当に供すべき売却代金の中に組入れることにしたものと解するのが相当である。

右のように解するときは、右保証金は、競落人が競落代金の支払義務を期日までに履行しなかつたことが確定し、そのため再競売手続に入らざるをえなくなつた時点において、その返還を求めることができなくなるものとするのが相当であり、したがつて、同法第六八八条第五項の「再競売ヲ為ストキ」の意義については、保証金の返還に関する限り、控訴人主張のように、再競売期日を開いて新競落人が定まつたときと解するべきではなく、再競売が開始されたとき、すなわち、再競売命令が発せられたときと解するのが相当である。

このように解すれば、再競売命令発布後から再競売期日までの間に競売の目的物件が滅失した場合には、競売の対象物件が存在しないのであるから、もはや再競売を実施する余地がなく、再競売期日の指定は取消さざるをえないが、前の競落人が提供した保証金については、すでに再競売命令が発せられた以上、その段階で、その返還を求めることができなくなるものというべきであるから、その後に競売の目的物件が滅失したからといつて、執行(競売)裁判所が前の競落人に右保証金を返還しなければならない理由は生じないというほかないのである。ただし、再競売命令が発せられた場合でも、再競売手続中に何らかの理由で競売申立の取下や競売手続の取消等があり、そのため配当手続にまで至らないで競売手続が終了したときは、右保証金は、その納付義務の根拠が消滅するので、返還することを要するものと解するのが相当である。

ところで、本件の場合には、控訴人は、前記裁判所から競落許可決定を受け、競落代金の支払期日を昭和五一年一二月二日と指定されながら、同日までに競落代金の支払義務を履行せず、そのため、同日、右裁判所から再競売命令が発せられたのであるから、その後において本件建物が滅失したからといつて、競買保証金の返還を求めることはもはや許されないものというべきである。

なお、控訴人は、右保証金の返還の可否は、競落人に対する制裁の要否にかかるところ、控訴人に対して執行法上の制裁を科するのは相当でない旨主張するが、右主張が失当であることは、叙上説示により、明らかである。

以上の理由により、競買保証金の返還を求める控訴人の本訴請求は理由がないものというべきである。

三  よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 枡田文郎 日野原昌 佐藤栄一)

【参考】第一審判決

(東京地裁昭和五二年(ワ)第四六七〇号昭和五三年三月一五日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は原告に対し金六八一、五〇〇円および昭和五二年六月七日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 被告敗訴の場合、担保の提供を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 債権者訴外横浜市信用保証協会、債務者訴外有限会社室伏製作所間の横浜地方裁判所昭和五一年(ケ)第一九二号土地、建物任意競売事件につき昭和五一年一〇月二二日に実施された競売期日において、原告は別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について最高価競買人となり、同日右裁判所に競買保証金金六八一、五〇〇円を納付した。

2 右裁判所は同月二九日競落期日を開いて競落許可決定をなし、原告に対して代金支払期日として同年一二月二日を指定したが、右期日に原告が代金支払義務を履行しなかつたので、再競売命令を下し、再競売期日として昭和五二年一月一四日を指定した。

3 本件建物は昭和五一年一二月二〇日頃何者かに取毀されて滅失し、再競売をなすことはできなくなつた。

4 右裁判所は本件建物の滅失のため前記再競売期日の指定を取消し、右競買保証金を売却代金として昭和五二年五月一七日配当を実施した。

5 よつて原告は被告に対し、1記載の競買保証金およびこれに対する訴状送達の翌日たる昭和五二年六月七日より支払済に至るまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認める。同3の事実のうち、本件建物が滅失したことは認めるが、滅失の日は不知。同4の事実は認める。

理由

一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、本件建物は再競売命令後再競売期日前に滅失したことが認められ、4の事実は当事者間に争いがない。

二 右の事実によると、再競売手続は本件建物滅失のため取消されたものの、競売手続開始決定そのものは取消されることなく、代金交付手続が実施されたのであるから、原告としては、もはや本件保証金の返還を求めることはできないものというべきである。

けだし、最高競買申立人が競買申出の拘束力から解放されて競買保証金の返還を求め得るのは、競落不許可決定が確定したとき(民事訴訟法六八四条)、六七六条一項により新競売期日が指定されたとき、六七八条により競売を取消したときの外は競売申立が取下げられたときか競売手続が異議(五四四条)・抗告(五五八条)、五五〇条一号ないし三号、六五三条、六五六条二項等により取消された場合に限られ、上記の場合以外に競売手続内で競買保証金の返還を求める根拠はないからである(従つて、原告としては、本件保証金の返還を求めるには、その前提手続として競売手続開始決定の取消を求めて執行方法の異議(民事訴訟法五四四条)を申立てるべきであつたといえよう。)。

よつて原告の本訴請求はこの点において、既に失当といわねばならないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤安弘)

物件目録

横浜市港北区綱島東五丁目二一九八番二一

一 宅地 九九・一七平方メートル

同所同番地二一

家屋番号二一九八番二一

一 木造スレート葺二階建工場兼居宅

一階 六九・六八平方メートル

二階 六二・五二平方メートル

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